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ベターコールソウルの事について、ネタバレ込みでつらつらと

Better Call Saul S6Ep13 感想 (ネタバレ)

【注意】本エントリには、Better Call Saul/Breaking Badのネタバレが含まれる。両作最後まで未視聴の方の閲覧は推奨しない。

 

 

 

Better Call Saul 全63話を締めくくる最後のエピソード。個人的に注目したいのは、法廷でのシーンと、タイムマシン絡みのフラッシュバック、そして最終話を通しての人格の変遷だ。

 

クライマックスまでのあらすじ

マリオンに通報されたジーンは慌てて逃げ出す。車の色やナンバーをきっちりと報告するマリオン。自宅に戻り、Stashから持ち出し用の箱と使い捨て携帯を1つを準備する。既に警察が表にやってきていて、裏の窓から逃げ出すも簡単に追い詰められ、ゴミ箱に逃げ込んだ所を発見される。

 

ジーンは「This is how they get you?」と繰り返し、留置房を歩き回る。そして壁に掘られた「MY LAWYER WILL REAM UR ASS」の文字を見て、かつての仕事相手で、今はアルバカーキで検事を辞め、独立開業を果たしたビル・オークリーに電話し、「advisory counsel」に指名する。

 

検察との交渉の場。ジーンは髭をそっている。「終身刑プラス190年」の刑期。RICO法違反、薬物製造販売の共謀、資金洗浄、複数の殺人の事後共犯。これが検察が算出した「ソウル・グッドマン」の刑期だ。それを前提に、1回限りのオファー、30年。30年真面目に勤め上げ、まだ健康であれば出してやろう、と。

 

話を聞き流しているようなソウルは、余所見をしている。マジックミラーの後ろに、部屋に入る前にみかけたマリー・シュレイダーが居る事を確信していて、ここへ呼べと提案し、マリーも同席する。ハンクやゴメス、そしてその家族の悲しみを訴えるマリーに、ソウルは「私もあなた達と同じ被害者だ」と言ってのける。金の為ではなく、命の危険があったからウォルター・ホワイトのために働かざるを得なかったのだ、と。

その傍証として、3つの拘置所で、2分間の間に関係者10人が殺された事件の事を挙げる。これをネタに検察を揺さぶり、7年半*1の刑期を勝ち取るソウル。

しかし、彼の傲慢はここで終わらず、ハワードの事件の詳細をネタに、週1回のチョコミントアイスの差入れまで要求する。

 

勿論これは一笑に付される。既にキムがその件の詳細な供述書を提出し、当局の知る所となっているからだ。ここではじめてソウルの表情に変化が訪れる。

 

 

ネブラスカからニューメキシコへの移送中。飛行機からは曲がりくねった川が見える。トイレに行こうとしたビルを引き留め、キムの自白が訴追に繋がるかどうかを確認するソウル。裁判で使える証人・物的証拠共に何もない以上、検察も動けないだろう、というビルに安堵するソウル。

しかし、ビルは続ける。「しかし、キムにとって検察は問題じゃない」。キムがシェリルに宣誓供述書を手渡し、民事訴訟への道を自ら開いた事、シェリルが弁護士を探している事を聞いて溜息をつくソウル。

 

「一体何故そんなことをしたんだ、キム?」とでも言いたげな表情で暫く悩むが、ハッと何かに気づいたかのような表情を見せ、トイレ帰りのビルをもう一度呼び止める。

ハワードに関する「皆が不愉快になる出来事」を検察に教えるというのだ。ビルはキムを追い込む事になるぞ、と警告するがソウルは「It's really good ice cream.」と不敵に笑う。

 

フロリダのキムは、無料法律相談の事務所でのボランティアをはじめ、再起をはかろうとする。そこに検事のスザンヌから、ソウルが捕まったこと、そして自分に関する供述をすると言っている事を知らされる。

 

法廷シーン

The Harmonizing Fourの「All Things Are Possible」をBGMに、手錠を掛けられたソウル・グッドマンが法廷へと連行される。ソウルは光沢生地のスーツに、色の濃いカラーシャツ、けばけばしい模様のネクタイで、完全な「ソウルモード」だ。飛行機事故追悼のリボンまで付けている。

法廷のドアから入ってきたソウルは、まず一番後ろに座るキムに挑発的な視線を送り、次に険しい顔でマリーの方を見る。となりにはスティーブ・ゴメスの妻と子供(そっくり!)も。

手錠を外され、ソウルは被告人席に座る。そしてBGMの歌も「If you only believe」と締めくくられる。

 

ここまでのシーンが0.5倍速程度のスロー演出で映される。Better Call Saulにおいて、スロー演出は貴重だ。機会があればカウントしたいが、恐らくFワードよりも相当使われる頻度が少ないはず。とくにここまで尺が長いのは記憶に無い(訂: S2Ep01 D&M初出社のシーンが1:18。このシーンが1:10無いので、これは誤りだった)。6シーズン63話のシリーズクライマックス。

 

最後にキムを先ほどとは違い、気弱げに振り替えり、「It's showtime.」と独り言ちる。S1Ep02 トイレの鏡に向かって言ったセリフ(folks付き)*2

 

7年という量刑(半年はどこいった?)を検討するこの場で、ソウルは先日マリーの前でしたウォルターとの最初の出会いの話をする。バッジャーを取引無しで釈放させろという無理を断った結果、頭から袋を被せられ、荒野に掘られた墓穴の前にひざまづかされるというものだ。

結果命の危険を感じ、ウォルターに従ったのだ、という嘘をまたつくのか、この馬鹿野郎は!と思わせた瞬間、「But not for long.」と続ける。金儲けのチャンスを逃さず掴み、16か月間にわたりウォルターが麻薬帝国を築く手助けをしたと。

事前の宣誓供述と真逆の事を言い始めたソウルに、それでいいのかと判事は確認をするが、「I believe the court deserves the whole truth.(法廷は真実を知るべきです)」と、宣誓をする。

 

判事は「宣誓下での偽証は偽証罪司法妨害に問われる事になる」と警告するが、ソウルは確信に満ち、そんなことは百も承知だという顔だ。

 

ウォルターとともに何百万ドルを稼いだ。殺人やメス製造の事も知っていたし、資金洗浄もした。自分が居なければウォルターは1か月以内に死ぬか逮捕されるかしていただろう、とまくし立てる。自分が居なければハンクやゴメスをはじめ、多くの人が生きていただろう、とも。

 

ここまで話すと、負け知らずの検察官に「聞いたか?」と挑発し、ビルはソウルの発言の削除を求めて検察と言いあう。

その間にソウルは法廷の一番うしろにポツンと座っているキムを見やる。「どうだ、やってやったぞ!」とでも言いたげな顔のソウルに対して、キムは表情を変えない。それを見たソウルは表情を曇らせて少し悩み、「もう一つだけ話させてください」と話を始める。

 

まずはキムの事。ハワードの死に直接の関係があるわけではないが、キムは少なくともそれを二度と起こさない様にという事でアルバカーキを離れた。逃げたのは私の方だ、と。

そして兄、チャックの事。S3Ep05 チャックが証人席でBreakdownするラストと同じく、非常口のEXITサインとそれが発する「ジー」というノイズを見聞かせる。

 

頭の固い兄だったが、それでもその眼鏡にかなうようにもっと頑張るべきだった。「I tried.  I could have tried harder.  I should have.」。S4Ep10とはちがう、本気の告白にキムも息をのむ。小さくうなずいているようにも見える。

そして、弁護士賠償保険を解除させるようにしむけ、唯一の生きがいである法を奪ったと、それが原因でチャックが自殺した事を初めて告白する。この事を知らなかったキムは思わず天井を仰ぎ見る。

 

「And I'll live with that.(それを背負って生きる)」。

 

被告席に戻ったソウル。ビルは「兄さんの件は犯罪ですらないだろ」というが、ソウルは「Yeah, it was(いや、そうだ)」。

判事は私語を咎め、「黙って席につきなさい」というが、「The name's McGill.  I'm James McGill.」と、誇りに満ちた顔つきで自分の本名を名乗る。

 

再び後ろのキムを振り返り、無言のやりとりをする二人。どこが違うのか言葉にできないほどの変化だが、キムは満足げで、一度うなづくようなそぶりもみせる。

 

感想

チャックの「People don't change. 」(S1Ep09、ジミーへ)「He'll never change.」(S3Ep05、ハワードへ)に対しての解答で、このBetter Call Saulシリーズ全体のテーマでもある。

「All things are possible. If you'll only believe.」という歌詞で勘のいい人なら何が起こるか気づいたのだろうが、自分は全くダメだった。

ヒントはもう一つある。「It's showtime.」だ。S6にあたってS1から見返した人なら覚えているだろうが、これはS1Ep02でジミーが鏡に向かって言うセリフだ。由来は「オール・ザット・ジャズ*3。ジミーが公選弁護人として真面目に働く様子を描くモンタージュシーンにおいてのみ、合計4回この「It's showtime(, folks).」が使われている。このセリフは真っ当な事をする時のセリフなのだ。こちらは後でまたS1から見直している時に気が付いた。

 

自分は、「ソウル・グッドマン」としてベラベラと喋りまくる間に交わしたキムとの目線だけでのやり取りにもしばらく気づけなかった。数度目の視聴で自分で気づけたのが不幸中の幸いではあった。「自ら獲得した短い刑期を捨てて長い刑期を勝ち取り、ジミー・マッギルに戻る」という大きなプロットのショックがあまりに大きすぎて、2,3度の視聴では冷静に見られなかったんだと思う。

 

いざ気づいてみると、キムの反応はほとんど表に出ていないのに、何故かこれ以上無いほど明確でもある。宣誓直後、「証言を聞かせるためにウソをついて呼び出した」と言った時の少し怪訝そうな顔。一通り証言が終わった後の「それだけ?それで終わりなの?」と少し挑発気味な顔。「私はジェームズ・マッギルだ」と宣言した後は、軽くうなづくような動作も見える。

プライベート以外では感情をほとんど表にださないキムだが、ここでの演技も最小限だ。それなのに完全に伝わってくるキムの気持ち。どこまで視聴者を信用して、どこまで計算した上での演技なのか。もはや想像など及びもつかない次元に達している。

 

キムはS1で、ジミーをHHMで雇う事を止めた真犯人がチャックである事を黙っていた。

S4Ep10 弁護士資格復帰の公聴会で、ジミーがチャックについて語った事にも涙した。ジミー自身が直後、「委員の一人が涙まで流してやがったぜ」というやつだ。

キムはジミーとチャックにいがみ合ってほしくなかったし、その死後もチャックの死をジミーに悲しんで欲しかった。公聴会では委員と同じくジミーのチャックへの想いを聞いて涙したが、これは弁護士資格を取り戻すための方便でしかなかった。

 

この証言で、「ジミーがチャックを自殺に追いやった」というこれまで知らなかった新たな十字架についてもキムは知る事になったが、その重さを加えてさえも、ジミーがチャックとの事に逃げずに向き合う事を決意したことが、キムにとってどれだけ嬉しかっただろうか。

 

 

Better Call Saul 全63話は全てこの法廷シーンを描くためにあったようなものだ。「All Things Are Possible」をBGMに、スローモーションで法廷入りするシーンから、「私はジェームズ・マッギルだ」と宣言し、キムと視線のやりとりを交わすまで。一分の隙もない。

ビルの動揺もシリアスなコミックリリーフとしてアクセントになっている。

 

S6Ep11 "Breaking Bad"で、ウォルターとジェシーにRVで砂漠に連れていかれ、そして帰ろうとするシーン、個人的には事前に言われていたような「必須さ」が感じられなくて、あまり重要ではないカメオ的な要素じゃないか?と思っていた。しかし、この法廷シーンでその「必須さ」を見せつけられる。

ソウルの「I was terrified. But not for long.(怖かった。しかし、一瞬です。)」の根拠として絶対に外せなかったのだ。

 

 

タイムマシン

最終話のフルカラーパートは3回で、これらは全てタイムマシン関係のフラッシュバック。ジミーが問う「タイムマシンがあったらやり直したい事」は、ウォルターが看破した通り、「後悔」の事だ。

タイムマシン1ーマイク

1回目はTeaserのマイク。風車くみ上げの井戸にたどり着いたのは、S5Ep09冒頭で携帯がつながった後から人里に出るまでの間。「ボトルの尿」が鍵となり、そこ以外はありえない。マイクは初めて賄賂を受け取った日に戻りたいと、自らをさらけ出す。

一方ジミーは金の話でとぼける。チャックの事に向き合えていないから。S5Ep08ラストでチャックの象徴であるSpace Blancketを捨て去り、頭の中から追いやってしまった後だから。

 

タイムマシン2ーウォルター

2回目はウォルター。時間的にはBreaking Bad S5Ep15 "Granite State" TeaserとA1の間、Best Quality Vacuumの地下室に居た時。エゴの塊ウォルターはグレイマターに残っていたら、というもの。

しかし、この話をする直前、ジェシーから誕生日プレゼントに貰ったタグ・ホイヤーの「モナコ」に目線をやり、ウォルターの顔から時計へとフォーカスがうつる。この表現から、「グレイマターに残っていたら」というウォルターの後悔は嘘だと強く推測できる。少なくとも、本当はジェシーを切り捨ててしまった後悔の方が、グレイマターの件よりも強い事は明らかだ。

さらに、ウォルターは2人に追いやられたというのも嘘で、自分がグレッチェンの家の裕福さに気後れして逃げた事を誤魔化してもいる。

 

ここでジミー/ソウルが挙げたのは、若い頃の詐欺で実際に膝を痛めてしまった事。BrBaS2Ep08やS1Ep03で膝が悪いと訴えている。

勿論こんなのが最大の後悔であるはずもないが、この時点ではキムとの別れの反動でソウル・グッドマンになっていた時期。キムの事もチャックの事も、まだ向き合う準備が出来ていないから、適当に誤魔化してしまうのだ。

ウォルターに「So you are always like this.」などと言われてしまうが、これは他人に言いながら、じつは自分にも向けられているセリフでもある。

 

タイムマシン3ーチャック

3回目は法廷シーン直後、チャック。Better Call Saul第1話よりも前の時点。第1話ではここで入荷するようになるかもと言ったフィナンシャルタイムスを届けている。1回目2回目のフラッシュバックと同じく、このシーンがタイムマシン、いや後悔についてのシーンなのは明白だ。

 

この「後悔」だが、ジミーはいつから持っていたのだろうか。個人的にはチャックのを死を知った瞬間からずっとだろうと思っている。責任をハワードになすりつけ、決して向き合いはしなかったが、ずっと後悔の気持ちはあったはずだ。

それが歪んだ形で表出した件として現れたのが、S4Ep02のコピー機メーカーの面接で即採用を勝ち取ったのに逆に正気か?と罵倒するあのシーン*4ではなかろうか。

そして、「後悔」のメタファーであるウェルズのタイムマシンが画面に映るのは2か所。S6Ep02 ケトルマンからの電話を受けた時のベッドサイド、そしてS6Ep01Teaserだ(時系列順)。つまり、ジミーはキムと別れる前から別れた後も、ソウル・グッドマンとして逃亡するその時まで「後悔」を所有し続けていた事になる。

 

チャックはいつも本心ではない建前を発話するのだが、このシーンではすべてのセリフが一応は本心から出てるように見える。
「配達は事務所に頼める。なんでお前がやるんだ?」は実はあまり顔をあわせたくないのだろう。
それでも、事務所を構えようとしている時にまで「自分がやる」というジミー。何故か?「Because you're my brother, duh.」。これはS2Ep08のチャックのセリフ「But if things were reversed......I hope you know that I would do the same for you.」と対になる。自分の解釈では、ジミーのセリフは義務感だけではなく、家族・兄弟としての愛情・忠誠心からもきており、チャックのは義務感や社会的な体裁を気にしてというのが最大の動機となっており、すれ違いが見られる。

それでも。「Well, you could stay for a while. We could talk.(少し話をしていくか?)」とチャックは譲歩してる。ジミーの愛情・忠誠心を感じたからだ。しかし、ジミーは忙しさにかまけてこれに付き合うことができなかった。「Talk.  What about?(話って、なんの?」との問いに、「Your cases, your clinets?」と返してしまう、法律・仕事のことしか返せないチャックも、その不器用さがよく表れていてとても良い。

 

ジミーの「後悔」はこれ、「You know, I'm gonna take a pass on the heart-to-heart, Chuck.(腹を割って話し合うのはまたにするよ)」なんだろう。ここで腹を割って、もうすこし話をする事が出来ていたら、分かり合う道がひらけていたかもしれない。そこまでいかなくても、少しは今が変わっていたかもしれない。

「今の道(弁護士)が嫌なら、道をもどってやり直してもいいんだぞ」。このチャックのセリフも、同じ弁護士という職業についていてほしくないというチャックの本音・願望が漏れたものだろう。

それに対してジミーは「兄さんは道を変えた事があるかい?」。あくまでチャックを尊敬し、ロールモデルとして近づきたい一心のジミー。

そして最期に、チャックはペーパーバックのタイムマシンとランタンを手に取り、家の奥へと消えていく。

これはジミーがずっと後悔を抱えていたというのと同じで、チャックも後悔を抱えていたという事だ。しかも、このシーンで「後悔」を手にさせたのだから、その対象は兄弟関係に限定されるとみるべきだろう。チャックはチャックなりに、弟を信用しきれなかった事に後悔があったのかもしれない。

 

それに、もし今チャックが「裁判で86年の刑期を勝ち取ったジミー」を見れば、ジミーが司法試験に合格した時に、ハワードにHHMでは雇うなと言った事も「後悔」になるのだろう。

 

3つ目のフラッシュバックシーンの矛盾とその解釈

ところで、このチャックとのフラッシュバックシーンには明確な矛盾が1つある。それはジミーがしているピンキーリングだ。細かく見られる場面はないものの、ジミーがつけるピンキーリングといえばマルコの遺品としてもらったものだ。

S1Ep10での「I'm not a big ring guy」や、S2Ep01でピンキーリングを見咎められて「そんな変なピンキーリングまでしちゃって、マフィアにでもなったつもり?」と言われている事から、これ以前にピンキーリングはしていなかっただろうことはほぼ明らかだ。

一方で、この場面はBetter Call Saulの第一話よりも前の時系列となる。基本的には前へ進んでいくだけの話で、マルコの形見分けでピンキーリングをジミーが得たのはS1Ep10での事。これは明確な矛盾だ。

 

もう一つ、カウンターにおいてあったウェルズの「タイムマシン」のペーパーバック、チャックが動かした素振りは無いのに、最後にチャックが手に取る場面とそれ以前では起き場所が変わっている。

これは普通なら明確なミスとするのだろうが、この場合一つのヒントになるのではないか?と考える。ウェルズのタイムマシンは本当は無かったのではないか。チャックにタイムマシンを持たせたのは、チャックにも後悔があったという事を示すためだという事だ。

 

明確な証拠のある話ではないが、このチャックとの会話自体は実際にあったものなんだと思う。そこに、マルコのピンキーリングと、後悔のメタファーとしてのタイムマシンを置いたのは、このシーンのファンタジー・幻想性の制作陣からの示唆だ、というのが持論だ。

 

チャックが「ペーパーバック」の、古典的SFの中編である「タイムマシン」を読むようなタイプの人間か、という疑問もある。チャックがまだ若い頃なら違和感はない。しかし、あの年のチャックが読むにはあまりにふさわしくない。S1Ep01時点ではチャックは58歳だ。

あまり似合わないが実は愛読書でした、という可能性よりも、幻想であると取る方が、少なくとも自分には説得力のある、納得できる話である。

もし今チャックが「裁判で86年の刑期を勝ち取ったジミー」を見れば、ジミーが司法試験に合格した時に、ハワードにHHMでは雇うなと言った事も「後悔」になる

上記のように前節で示した事を、制作陣は伝えようとしたのではないか、と考えている。

一方で、指輪については「Slippin' Jimmy」や「Saul Goodman」もまた間違いなく、「James Morgan "Jimmy" McGill」の一部であるとの制作陣からの主張だととらえている。

 

 

最終話での人格の変遷・シーズンポスターについて

この1エピソードの中で、ジミーはソウル・ジーンという別の名前を逆順に辿る。

マリオンに通報されて捕まるまでがジーン・タカヴィク

留置場の中の「MY LAWYER WILL REAM UR ASS」の落書きを見てソウル・グッドマンになる。髭もそり落とす。

ソウル・グッドマンとして7年半まで刑期を縮小する。しかし、アイス要求でキムがハワードの事を告白した事を知り、ソウル人格は揺らぎ始め、飛行機の中で、キムがすべてを奪われる民事訴訟シェリルからおこされそうになっている事を知った後、ソウル・グッドマンの人格は消え、ジェームズ・マッギルに戻る

しかし、ジェームズ・マッギルとして胸を張って生きていくために、キムにふさわしいジミーであるためには、やらなければいけない事がある。

そこで法廷シーンに登場するのが中身はジミーなソウル・グッドマンなのだ。

 

シーズンポスターは髭と眼鏡でジーン・タカヴィクだと判断できるジミーが、ソウル・グッドマンの証と取れる派手な赤いジャケットを着ようとしている/脱ごうとしている場面。

留置場の落書きをみて、赤いジャケットを羽織ったジーンは、ソウルの役割が終わり、自分を「ジミー・マッギル」だと宣言した瞬間にこれを脱いだわけだ。

 

シーズンポスターを見た時に、このポスターの意味を考えたのだが、「キムの窮地を救うためにもう一度ソウル・グッドマンに戻る」のだと、ヒロイックで単純な予想をしていた。

ただ、普通に考えて、Breaking Bad後の、(弁護士資格を失ったソウル・グッドマンが一体何ができるの?弁護はできないから口八丁の「魔法」で助けるのだろうか?と思っていた。

 

だが、ソウル・グッドマンが再び現れるのは法廷だった。弁護士資格を失ったソウルにできる唯一の法廷での弁護、それは自分自身の弁護だ。何故これに思い至らなかったのだ?と今となっては後悔しきりである。「キムを助けるため」という想像があまりに魅力的に思えたためにそこから出られなかったのだろうか。

アメリカのドラマでは、刑事ものや法廷もので「自己弁護」が取り上げられる事はそれなりにある。物語として意外性があり面白いからだろう。頭の回る小悪党だったり、IQだけはやたら高いソシオパスだったりするが、自分が見た中では本人弁護が功を奏して罪を免れる事の方が多かった気がする。

 

今回ソウルがしたのは弁護ではなく、罪の告白だ。事前の合意とは真逆の告白。贖罪の為に自罰的な行動をするのはアーキタイプの1つではあるが、ここまでの語り口でジミーがこの道を行くとはなかなか思えなかった。

 

Breaking Badは「化学という魔法」がブルー・メスを生み出し、話が転がる構造だったが、Better Call Saulは「法律という魔法」の物語だ。magicという単語が本シリーズで初めて出てくるのがS1Ep03Teaserフラッシュバック、ジミーがシカゴ・サンルーフで拘留されている時に、チャックに対して言った軽口。チャックの死後、ジミーはヒューエルに服役は回避できるといい、でも「弁護士じゃないんだろ?」と言い返され、「なぁ、俺は弁護士じゃなくてもやれる」「I'm a magic man」*5

魔法を法を越えたものとして再定義したのだ。これらはメサ・ヴェルデの書類の書換やメサ・ヴェルデの設計図差替え、酒場での寸借詐欺も含む。この魔法にのめり込んだジミーとキムは最終的に一線を越え、ハワードを陥れる計画を実行に移し、結果ハワードハムリンを死に至らしめてしまう。

キムとの別離を経て、「ソウル・グッドマン」としてウォルターの補佐をして逃亡後、キムが自分がした事に向き合った事を聞いて目が覚めるジミー。最終的にはチャックが神聖な物だとした法に則り、最も居心地の良い刑務所での7年にまで減らした刑期を、自ら最も厳しい刑務所での86年にまで延ばす。罪に向き合うためには、そう決意を決めたジミーには、これは勝利以外の何物でもないのだ。

 

疑問点

  • 大きな事件なのに、傍聴人が少ない。著名人が絡むのにこんなに少ないという事は、一般公開はされていないという事だろう。マリーとゴメスの家族は関係者だが、判事からみて左奥に座っていた2人は誰?キムは何故入れたのか?スザンヌのはからいか?
  • シェリルが来てもおかしくないはずだが来なかったのは何故だろうか?

 

Shared Smoke

自分がBetter Call Saulを見始めて、いきなり度肝を抜かれたシーンが、ジミーとキムがHHM駐車場でタバコをシェアするシーンだ。セリフは一切なく、エレベーターで降りてきたジミーが怒りに任せてゴミ箱を蹴りまくり、その横で煙草を吸っていたキムと煙草をシェアして、キムがゴミ箱を直す。

キムの顔が影に隠れていたのは、この時点では制作陣もキムというキャラクターがどういうキャラクターなのか分からなかったからだそうだ。

第一話と最終話の対比

最終話でもジミーとキムはタバコをシェアする。火をつけようと、ライターを差し出す手が震えているキム。そしてその震えを止めようとするかの如く包み込み、火をつけるジミー。この時から、キムの頭部とジミーの左胸には窓格子が十字の影を落とし続けている。2人共もう隠すものは何もなく、2人共ただ十字架を背負っている。

そして、ほの赤く光るタバコの灯り。「Eighty-six years.」「Eighty-six years.  But with good behavior, who knows?」