toorisugari3のブログ

ベターコールソウルの事について、ネタバレ込みでつらつらと

アルバカーキ・サーガ再視聴のススメ Better Call Saul S4終盤を振り返りながら

【注意】本エントリには、Breaking Bad/Better Call Saulのネタバレが含まれる。両作最終エピソードまで未視聴の方の閲覧は推奨しない。

 

自分が何度も何度も繰り返し熱心に見れる映像作品にはこれまでなかった。繰り返し適当に流し見るシットコムはいくつかあったが。

こうしてブログを作ってまで作品の感想を集中的にあげるような事もこれまでしてこなかった。

何故自分がここまでアルバカーキ・サーガにハマったのか。一言で言うと「再視聴性の高さ」が原因だと思っている。初見の驚きを越える、緻密に紡がれた物語の、ポイントポイントを繋ぐセリフや行動・状況。そういったものを見つけるのが楽しいのだ。

 

一例を挙げると、Better Call Saulでは重要な人物がさりげなく画面に入ってくる演出が使われる事がある。一番印象的なのはS3Ep02で、マイクの依頼でポヨス・エルマノスへ行き、とある男のバッグを監視しに行ったジミーの様子を映す場面。

暫くするとピントの合わないジミーの奥で、トレードマークの薄い黄色のシャツに黒いネクタイのガス・フリングが映り込んでいるのに気が付く。Breaking Bad視聴済みであれば初見でも気づける、寧ろ気づかせる演出ともいえる。

そしてBetter Call Saul視聴後にまたBreaking Badに戻ると、同じような演出がある事に気づくのだ。

例えばS1Ep05のTeaser。ジェシーが就職の面接中、背景左側のブラインドの隙間から、赤い矢印を回して客引きをしているバッジャーを映り込ませている。

BrBaS1Ep05 背景左側、赤い矢印を持ったバッジャーが外で客引きしている

自分は初見時にはこんな事に気づかなかったし、直後バッジャーと会ったのを見ても、それに先んじて面接中に映り込んでいた事は思い出せなかった。

こうしてさりげなく画面にフレームインさせる演出が共通してるシーンを見つけると嬉しくなる。

 

アルバカーキ・サーガではこうしたシーンとシーンを繋ぐ露骨ではない糸が無数に張り巡らされている。その全てを解説する事はそうそうできるものでもないし*1、果たしてやるべきか?という話でもある。

というわけで、一部を取り上げて掘り下げようと思う。本稿では最終シーズン開始まで自分が一番好きなエピソードだったS4Ep10 Winner(勝者)と、その直前のS4Ep09 Widersehen(おさらば)に注目したい。

 

 

 

弁護士資格復帰の聴聞会 S4Ep09

聴聞会の経緯・内容

この聴聞会は、S3Ep02でチャックの家に押し入って重罪の自白が録音されたテープを壊した事に起因する、ジミーの停止された弁護士資格を復活させるかどうかの聴聞会だ。

冒頭でネタバレ警告はしているので遠慮なくネタバレをしていくが、ジミーの弁護士資格復帰に問われている重要なポイントの一つとしてチャックの事があり、これは観た人なら誰でもわかるように(この後のキムとの口論シーンで)描かれている。

そのチャックがこの聴聞会でどう扱われているかをみていきたい。

 

この全部で5分半ほどのシーンでの委員からの質問は以下の8つ。

  1. 起訴前ダイバージョン終了の確認
  2. 資格停止中の雇用先
  3. シルバーサークル(賞)について
  4. その職を選んだ理由
  5. 法知識の更新
  6. 処分を受けたそもそもの原因への所感
  7. あなたにとって法とは?(追加1)
  8. 考え方に特に影響を与えたのは?(追加2)

追加質問前、6番目の処分の「そもそもの(in the first place)」原因について聞かれて、チャックの事を挙げなかったジミーに、さらに2回のチャンスを与えている委員。それでもジミーは頑なにチャックに触れようとしない。

免許停止の原因となった問題行動の対象であるチャックへの言及が、資格復帰に絶対に必要な要件の1つだった。

 

ジミーはS3Ep10でのチャックの死亡と向き合う事が出来なかった。向き合う事から逃げた。

向き合うかわりに、S4Ep01でアパートを訪ねてきて、自分のHMMからの追放という態度が招いた自殺かもしれないと告白したハワードへの態度や、コピー機屋の面接を台無しにした事、チャックからの手紙を読んでもあっさりした態度だった事、しなくてもいいフンメル人形の盗みをした事、精神科医にかかる事を避け携帯屋に就職した事、路上で使い捨て携帯を売る事等で誤魔化す。

キムがS&Cへの参加を決めた事がジミーの非行にさらに輪をかける。

これは一種の逃避・代償行動で、同様の事はキムとの別れという巨大なショックを経てソウル・グッドマンと化してからの行動や、S6Ep11の電話で(後から分かる事だが)キムからの拒絶をうけてのジェフ達との行動とも符合する。

逸脱行為・違法行為等はジミーにとっての本当の心痛を誤魔化すための鎮痛剤となっているのだ。

 

そんなジミーが資格復帰の聴聞会でチャックの事を口にできるわけがない。そして、その事が原因でジミーの弁護士資格の復帰は認められなかった。誠実さに疑問がある(a question of sincerity)という理由で。

 

聴聞会のカメラアングル

ジミーがチャックの存在をここまで無かった事にした聴聞会がどのように描かれていたのか。

聴聞会で使われるカメラアングルを、登場順に示す。12番目最後のものだけは最初と同じアングルだが、その意図については後に示す。

 

ヒアリングでのカメラアングル 11+1

 

微妙にズームしたりはするのだが、この聴聞シーン5分半ほどの間はこの合計11アングルで撮影されている。

大雑把にまとめると下図のようになる。灰色は机、青は委員、水色は速記係、オレンジがジミーで、丸つきの数字と黄緑色の矢印で先に示したカメラアングルの順番を示してある。

S4Ep09 聴聞会のカメラアングル

この11アングルで、上図の右上ドアの上にある赤い「EXIT」が映り込むのは4アングルあって、1番、3番、7番、11番がそうだ。

 

部屋へ入って一番最初のカット、委員3人の頭上からジミーを見下ろす1番のアングル。中央の机の右側に赤いEXITが映り込んでいるのが見える。

3番目のカットはジミーと速記係を映すカット。後ろの窓ガラスに赤いEXITが映り込んでいる。

7番目のカットは、ジミーの右に見える壁のスイッチの上のアールに赤い光が映っている。

11番目のカットは、ジミー側の頭上から委員3人を見下ろす、1番目のカットの逆になっている。ここでは赤いEXITは一見見えないのだが、壁にかかった絵の左上がうっすらと赤くなっている。ジオメトリ的にも反射する位置としておかしくない。おそらく画像ではほとんど分からないと思うので、実映像を見て確認してみてほしい。

 

チャックの亡霊

ここで注目した「赤いEXITの映り込み」が意味するところは何か。熱心な視聴者には言うまでもない話だろうが、これはチャックのメタファーである。

最終話では、法廷でソウルがチャックの事を口にした瞬間、「EXIT」(裏返しだし、モノクロだが)を含めた引きのショットになった事は記憶に新しいと思う。

これは勿論、S3Ep05のラストシーンと繋がる描写だ。ジミーの誘導に乗せられて信用を失うような取り乱し方をした後、チャックの持病(本人視点)の電磁波過敏症と関連づけるように、このEXITサインがジーっと鳴るシーンで締めくくられる。

S3Ep05のラストシーン

まず、この聴聞会が始まった時に1番のアングルでチャックがこの場に居る事が示される。3番のアングルでの話の内容はCCモバイルでの賞の話で、ここはあまり関係が無い。7番の1回目と11番のアングルは、法知識の更新について話している時であり、ここでチャックの影がかすかに差すのは意味深だ。

そして「処分を受けたそもそもの原因への所感」を問われるともう一度7番のアングルになり、チャックの影がうっすらとよぎる。ここでのカットのセリフは「この一年ずっとその事ばかり考えていました。自分の行動の愚かさを深く反省しています。」だ。

しかし、チャックについては一切言及しないジミーに、委員の一人メグが追加質問をする。「あなたにとって法とは?」という「難題(big one)」だ。

 

そして次の瞬間、1番のアングルになり、チャックの亡霊が再度机の上に姿を見せる。このカットは13秒程も続くが、この間ジミーは「法ですか?(The law?)」「そうですね(Yeah.  Okay.)」しか言葉を発しない。次のアングルに移って、実質的な回答を始めるまで、合計18秒も言葉に詰まっている。

やっとのことで「子供の頃は弁護士になるなんて夢にも思っていなかった」と語り始め、「同じ事務所で働く弁護士たちと働くうちに私の中の何かがやる気を起こさせた」と続ける。そして出てきたのがアメリカ領サモア大学。

 

更にもう一度、先ほどと同じ委員が追加質問をする。

「あなたの考え方に特に影響を与えたのは?」

この直後のアングルが3番だ。ジミーと速記係の間、上の窓からチャックが覗いてるような形で、反射した赤いEXITが映っている。

この質問にもジミーは5秒程言葉に詰まっている。そしてやっと出た言葉が先ほどと同じ「アメリカ領サモア大学」。この回答を聞いたメグ(質問者)の表情が一瞬こわばったあと、愛想笑いを浮かべる。露骨ではない控えめな演技が光る。

 

そして聴聞会が終わり、部屋を出ていくジミーの姿が1番アングルで描かれる(本セクション最初12枚目の画像の最後)が、その際、ジミーの体にさえぎられて机に映っていた赤いEXITが一瞬消え去る。

これはジミーがチャックの存在を必死に否定している事のメタファーだと考える事も出来るだろう。

 

このシーンで、非常口上の赤いEXITが直接映される事は無く、全ては机の表面や窓ガラス、絵画に反射させたものをフレームに収めている(直後、速記係から復帰が認められなかった事を聞いて、委員を追いかけるために部屋を通った時には直接映されている)。

そして、全てのシーンでチャックの亡霊をフレームに収める事の意味を見出せる*2

 

 

D&M屋上駐車場での口論

口論の流れ

不誠実という理由で却下されたら反論もできないというジミー。キムはそう判断された理由を探そうとし、チャックについて話した時は?と聞くとジミーはチャックは関係無いだろ、何故いう必要が?と壊れる。

 

これはある意味当然で、S3Ep10では「もし同じ状況になったなら、次は別の方法を選ぶと思う」と和解しに行った兄が、自分の憂さ晴らし(保険会社へのチクり)が原因で死んだ事からずっと逃げているからだ。

精神科医にかかる事から就職する事を理由に逃げ、路上で襲われた時にやっぱり行こうか、となったのに、裁判所で偶然出会ったハワードが既にかかっている事を聞いて、連絡先を破り捨ててしまう間の悪さもあった。

 

チャックの事を言わなかったと知ってキムはびっくりするが、それでも何とかしようと抗議(appeal)する道を模索し始める。

なのにジミーはキムが自分を見下しているとくってかかる。「犯罪人が雇う弁護士」「滑りのジミーを見る目だ」だと。前者はケトルマン夫人から言われた言葉で、後者はチャックの事。

「チャックに触れないから不誠実にみえた」というネタばらし・答え合わせをする*3キムに、ジミーは「だから共同事務所が無いんだ」とさらにくってかかる。

 

「出会った時から味方だった」「呼ばれた時は飛んできたでしょ?」「誰がしりぬぐいしたと?」とキムが反論している時は遠景のカットになり、視聴者を落ち着かせ、これまでの事実を冷静に思い起こさせる。

 

しかし口論はエスカレート。「同居して寝てはいても、神は共同事務所を持つ事を禁じてるんだろ」「きみは人生に退屈すると滑りのジミーと楽しむ」。ジミーはキムを自分と同類ではなく、チャックやハワードの同類と見ている。それが如実に表れているのが次の2つのセリフだ。

You get bored with your life, so you come roll around in the dirt, have some fun with Slippin' Jimmy then back up.

字: 君は人生に退屈すると“滑りのジミー”と楽しむ

吹: 君は自分の人生に退屈すると ちょっと下界に降りてきて滑りのジミーと楽しみ それが済むと帰っていく。

 

Oh, what a mistake it was to take me up to your office in the sky.,

字: 俺を立派なオフィスに 連れていったのが失敗さ

吹: ああ 失敗だったな。君の天を衝くオフィスに俺を連れていったりして

 

一つ目はS2Ep04でチャックとの口論の際に言ったセリフとの類似性がある。

Come on down, Chuck. Roll around in the dirt with me.  All your dreams will come true.

字: さあ 俺と泥にまみれてみろ そうすれば望みが叶う

吹: さぁこいよ!俺と一緒に泥と塗れてみろ!そうすればあんたの夢がかなうんだぞ。

D&M在籍時に、自作CMを無許可で放映した事を咎められ、それがジミーを推したキムにまで累が及び、Doc Review/Corn Field/窓際へ追いやられていた。それを取り消させるために、チャックに重罪である強要(extortion)に該当する発言をさせようとしたときのセリフ。

 

二つ目は、次のエピソードS4Ep10でのWinner演説(万引き歴のある少女へ、路上でする話)と関連する。

They're on the 35th floor.  You're gonna be on the 50th floor. You're gonna belooking down on them.

字: 彼らが35階なら 君は50階から見下ろせ
吹: 彼らが35階なら 君は50階に行け そして奴らを見下ろしてやれ

 

「ぶつかるのも、話をするのも悪い事ではない」ということは、制作陣がこのころのインタビューでよく言っている。しかし、この屋上での口論は、「There you go. Kick a man when he's down.」「Jimmy, you are always down.」というかなりきついやり取りの後、キムが立ち去る事で終わっている。

 

口論の理由

ジミーはキムにも劣等感や負い目を感じていて、それはS3Ep03で一度キムの弁護を断った事や、再度弁護担当すると言われた時の「Are you sure?」「Come on. This guy? Seriously?」、未来の話だがS5Ep07での結婚に際しての「this might not be what you dreamed of when you were 12.」、S5Ep10での「I'm, uh...  Am I bad for you?」なんかにも表れている。

それでもなんとか「キムにふさわしい相手でありたい」という気持ちはあった。だからこそ、S4Ep06でキムがS&Cに参加すると決めた時も「やるべきだ。凄い機会じゃないか」と後押しをした。直前にトイレと偽って席を離れて思い悩んではいるが。

Season3では共同事務所費用を何とか自分で捻出しようとしているし、Season2ではいったん弁護士を辞めようとしたが、思い直してD&Mに入っている。これも全て「キムにふさわしい相手でありたい」という気持ちからだと思う。

 

この「キムにふさわしい相手でありたい」という気持ちが弁護士資格復帰を否定され、ジミーの急所を抉り、ジミーの劣等感である「上」の人間との対立にキムまでも巻き込んでしまったんだと思う。

 

 

最後の「あなたはずっと下にいる」というキムのセリフがなかなか腹落ちしなかったのだが、最近やっと落ちかけている。

 

ジミーが「下」に居た時

ここまで書いたとおり、ジミーがチャックとキムを「上」に居る人種だと考えているのは明白だ。そして当然ハワードやD&M、S&Cの弁護士たちもそうだろう。いわゆるEstablishment。キムもチャックも、生まれは決して豊かではなく、努力して手に入れた地位であり、そこへ馴染んだ。

一方でジミーは、Slippin' Jimmyという過去があり、シカゴ・サンルーフをした時の不幸な偶然で性犯罪者になりかけた。そこから救い出してくれたチャックをロールモデルに、通信制ではあるがアメリカ領サモア大のロースクールを出て*4、司法試験に通った。

 

しかし、チャックの裏工作によってHHMで弁護士として働くことは拒絶された。巨額の成功報酬が見込めるサンドパイパー案件を発掘して来た時も同じくチャックによって参加を阻害された。この事がジミーの「上」に居る人間への反感の一番大きな元だろう。

 

HHMの郵便室で働きはじめ、キムと出会った頃からBetter Call Saulが始まる前までは「下」ではないだろう。真面目に働き、チャックに憧れるキムを見て自分も弁護士への道を歩み始めた。

キムは3度目の司法試験の合否通知の封筒を開けているが、ジミーのそこまでの挑戦を知っていたかどうかは明確に描写はされていない。その事を知っているか否かに関わらず、当時のジミーを蔑む要素はないはずだ。

 

キムは「ずっと(always)」と言ったが、ジミーはいつどれだけ「下」に居たのか。

  1. 最初は、疑惑に過ぎないがケトルマン失踪事件への関与だろう。キムは全貌を知る事は無かったが、ジミーが表に出せない何らかの形で関与していた事は察している。
  2. Daniel Wormald、a.k.a. Pryceの間抜けな警察への窃盗被害報告を誤魔化すために行った証拠の捏造だ。余談。本編では描かれなかったが、脚本家・監督のThomas Schnauzによれば*5、この男はBrBaでWaltにマネーロンダリングの為に勧めたレーザータグの管理者として提案されていた男を想定していたそうだ。
  3. D&Mで無断CMを流したこと。
  4. HHMからキムにメサ・ヴェルデ案件を取り戻すためにチャックを陥れたこと。
  5. 録音テープ奪取のためにチャックの家に押し入り、警察沙汰になったこと。
  6. これは境界事例だろうが、S3終盤でサンドパイパー案件の和解を仕組んだこと。
  7. 資格停止中、まっとうに働くだけではなく、使い捨て携帯を夜中路上で売っていたこと。精神科医にかからなかった事も入るかもしれない。

列挙するとこんなところだろう。文字通りの「ずっと(always)」ではないが、それなりの数・時期はある。初見時は相当踏み込んだ酷い発言だなぁと軽く考えていたのだが、纏めて見るとそれなりに納得がいく発言だった。

 

 

キムのアパートでの出直し

口論のシーンの直後、キムはアパートで一人ビールを飲んでいて、そこにジミーが憔悴しきった顔で帰ってくる。そしてわざと音をたてたりして、あてつけるように荷造りを始めてしまう。

 

鏡の前で荷造りするジミーに近寄り、にらみつけるキム。

ジミーを睨むキム

昔はそうは思わなかったが、今はここでジミーが「俺がぶち壊した」と非を認めなければ、キムには別れる覚悟もあったのではないかと思っている。

関係継続の必要条件をクリアしたジミーにキムがかけた言葉は「You still want to be a lawyer?(まだ弁護士で居たい?)」。「Yhea.」と肯定したジミーに「Well, we can start with that.」とキム。

 

逆転

キムが「まだ弁護士で居たい?」と聞くのはなかなかアツい展開だ。

S2Ep01では真逆の事態が起きていたからだ。チャックにはまともな弁護士として見てもらえず、マルコとの再会と死別、そしてキムとの仲の進展の無さに、ジミーは弁護士を辞めると宣言し、キムは必死に引き留めていた。

この時はケンをカタにハメて、はじめて肉体的にも結ばれた翌日に、弁護士を辞めた所でキムとの仲が進展するわけでもないと気づいたのか、ジミーは自ら思い直してD&Mへの参加を決めた。

 

S6Ep09では、キムが弁護士資格を返上した(S4Ep09で弁護士資格を取り戻せなかったジミーとの対比でもある)と聞いたジミーが帰ってきて寝室を開けると、そこにはかなりの程度出ていくための荷造りが進んだ状態がある。

同じ出来事を立場を逆転させて描くのは、アルバカーキ・サーガで良く行われる演出だ。S4Ep09ではジミーが、S6Ep09ではキムが荷造りをする。

同じことを繰り返す時には、その中での相違点を強調する効果がある。ここでの違いは、荷造りの本気度だ。ジミーのそれには当てつけやキムを試す要素があるが、キムのそれは決断の上ただ粛々と実行するだけだ。

ジミーの「試す態度」はキムに初めて言った「I love you.」の時の表情にも表れている。

はじめてのI love you

屋上での口論と一続きのシーンではあるが、このアパートでの2分40秒ほどでセリフが4つしかない

 

余談: このドラマを観ていて楽しいポイント(の1つ)

脱線する。少し上で触れた、レーザータグのダニーがPryceであるという話をしている記事で、脚本家のThomas Shcnauzはこう言っている。

Something we talked about is that when he’s really, really, full Saul Goodman is the point when he decides it’s OK to kill somebody.

「ソウル・グッドマンが本当に本当に完成形になるのは、誰かを殺してもいいと思った時だ、と我々(脚本家チーム)は話していた」

 

これはBetter Call Saulという番組内で自分が一番気にかけていた事だった。

Saul Goodmanという名前自体はS1Ep04のフラッシュバックでSlippin' Jimmyの偽名として出て以来、CMプロダクションや使い捨て携帯屋としての名前、そしてS4Ep10ではついに弁護士の屋号として使われる。

ただ、Breaking Badでのソウル・グッドマンは初登場回S2Ep08で既に、警察に拘束されているバッジャーを殺す提案をしている。ジミーはBcS S1から徐々にモラル・真っ当さを失ってきてはいるが、S6開始時点でもまだ暴力行為への忌避感を隠せないジミーとこれには埋めがたい差がある。

だからこそ、S6Ep09でキムと別れ、時間軸がBreaking Bad直前まで移ったあのラストシーンが衝撃的だった。この埋めがたい差を埋めたのはキムとの離別だったのか!

 

この「最大の疑問点への満足度200%の答え」も勿論嬉しいのだが、こういう制作陣へのインタビュー記事を読んでいて嬉しいポイントがもう一つある。

「制作陣の意図と自分の考えていた事との一致」だ。制作陣が思い描いた事を映像にしてるんだから、その意図と視聴者の考える事が一致するのはある意味当然ではある。当然ではあるのだが、ここまで視聴者を信用して過剰な説明をしない映像作品においては、この程度の事に喜びを感じても、さして大袈裟ではない気がするがどうだろうか。

 

また、話は少し戻るが、ジミー・マッギルの、アンチモラルな弁護士ソウル・グッドマンへの完全な移行が、ジミーの弁護士仲間かつ私生活でのパートナーでもあり、モラルサイドに引き留める役割だったキムが、キム自身が我を忘れてアンチモラルに堕してハワードを陥れる事によって引き起こされるのがとても面白い。

キムが我を忘れる過程も、意識して再視聴すれば丁寧に描かれているのが良く分かるだろう。こちらのエントリで纏めている。目次だけでもS5での揺れっぷりが分かると思う。

toorisugari3.hatenablog.com

 

 

S4Ep09 Wiedersehen(おさらば) タイトル

Widersehenはドイツ語で、英語で言えばWiderがagain、sehenがsee。漢字に直せば再見となるのかな?再会するという意味で、前に「auf」を付けると「さようなら」という別れの挨拶になる。

 

これを前提に、本タイトルがどのように本エピソードと関連しているかを見ていこう。

  • 直接的に出てくるのは、スーパーラボ建設で爆破すべき岩に黄色いペンキで直接書かれたものだ。昔はこれで作業がほぼ終わってドイツへ帰る事が出来るという意味で、別れの挨拶の方だと思っていた。しかし、この後も相当工程は残っている(S5Ep01で、マイクの「The job may only be half done, but you're being paid in full.」というセリフがある)。バラバラになった岩と再会しようという意味か。
  • ジミーは自分の弁護士資格と再会するつもりだった。(少し厳しいか)
  • 弁護士業務の顧客として、使い捨て携帯の顧客との再会を期待している。
  • この前のエピソードで初登場したラロは、ほぼ動けなくなり喋る事もできなくなったヘクター・サラマンカと再会する。ヘクターは思い出の品で、その後トレードマークになるベルとも再会する。
  • ナチョは、いつもガスがいるあのポヨス・エルマノス店舗の副店長(Assistant Manager)であるライルと再会する。
  • ヴェルナーは妻との電話で20分も別れの挨拶をしている。
  • ヴェルナーは妻との再会を望んでいる。
  • ヴェルナーが隔離施設から(帰ってくる事を前提に)逃げ出す。

エピソードタイトルがダブルミーニングである事位なら非常にありふれているが、自分が挙げられただけでも8つの意味が見つけられる。全てのエピソードでここまで見つけられるわけでもないが、S4Ep09が特別多いというわけでもない。

 

また、以上とは別に、BrBaS4Ep13では「ブロックの症状がリシンという毒によるものだ」と主張したジェシーが警察に任意で事情聴取に呼ばれるシーンがある。

ソウルはそこに現れ、権利としてクライアントと二人になるために刑事を追い出す時のセリフとして、「Au revoir, auf Wiedersehen, hasta luego, get the hell out.  Bye-bye. That's it, pick it up. Follow your partner.」というお得意の軽口を叩いている。ちなみにこれは日本語吹替・字幕では単に「ご退室を、出ていってもらおう」等としか訳されていない。

こういう緩い繋がりを見つけるのも楽しみの一つである。

 

余談 ヴェルナーとその妻との電話での会話

ヴェルナーと妻との会話の内容がマイク達によって監視されているが、その内容が後で回収されている。

  1. 飼い始めた仔犬がどこでもおしっこする
  2. 家の話
  3. 妻の腰痛・温泉に行きたい
  4. 読書会に行くので電話を切る

直後に回収されるのは3番。次のエピソードであるS4Ep10で、ヴェルナーは米国にやってくる妻と温泉施設で落ち合うつもりだった。

 

そして視聴者の大半が予想していなかったのではないかという、ヴェルナーの妻マルガレーテの本編登場が、S6Ep05で実現する。

  • 落ち着いたパブのような場所でラロと出会うシーンがあり、そこではマルガレーテは本を読んでいる(4番)。
  • ラロとの会話のなかで、直前にキャンセルされてしまったヘメスにある温泉施設の話が出てくる(再度3番)。
  • ラロはマルガレーテを家まで送り、門の前で飼っている仔犬Barchen(小さな熊という意味)の話をする(1番)。翌朝、ラロは彼女の家に侵入した際に実際に仔犬を目撃する。

2番の「家の話」についてはthe houseとしか言及されていない。一応、自宅もラロが忍び込む舞台とはなる。

 

S4Ep10 Winner(勝者)

S6Ep09 Fun and Gamesが放映されるまで、Better Call Saulで一番好きだったエピソード。

冒頭のジミー弁護士資格取得記念パーティーでのカラオケシーンから始まって、ジミーの弁護士資格が戻り、屋号を「ソウル・グッドマン」に変更する所で終わる。

「Winner Takes It All」の歌詞がエピソード全体にオーバーラップする巧みな脚本。

マッギル兄弟が表面上一番関係の良かった頃(それでもジミーの曲を横取りするチャックは、サンドパイパーやメサ・ヴェルデ案件を横取りしようとする未来を示唆している)のFlashback Teaserからはじまり、弁護士資格復帰のための工作、万引き犯少女への演説、そして抗議の聴聞会(appeal hearing)、ここからシーズンフィナーレの定番となった2丁指拳銃での締め。

 

日本語非公式ファンサイトの人が本エピソードの詳細な記事をあげているので、基本的にはそちらにまかせ、最後まで見たからこそ気づいたことについて触れていきたい。

saul.breakingbadfan.jp

 

本音を嘘に利用する

先に挙げた記事内で取り上げられているEW.com記事の、ファンサイトの人の訳を借りる。

優れた嘘は真実を含んでいる”と言えるかもしれないけれど、かつてジミー・マッギルだった男に限って言えば逆かもしれない。彼が真実を表に出すことができるのは、それを口にする理由について自分自身に嘘をついている時だけだ。

これはS4Ep10のappeal hearingでのジミーの陳述への言及だが、今見ると思い当たる事がある。

S6Ep10 Nippyでジェフが転んだ時のフランクへの演説や、S6Ep13 Saul Goneでのマリーを交えた検察チームとの交渉の場での演説だ。

Nippyでは、両親も兄も妻も子供も居ないと、フランクの同情を引き、Saul GoneではBrBa S5Ep08でウォルターがジャックにやらせた「3分間での3刑務所内10人の同時殺害」を挙げて、自分がウォルターの手助けをしたのは身の危険を感じてやむなくだったと減刑のために嘘を付く。

 

最終話との対比

最終話の法廷では、名前はソウル・グッドマンだが、喋っている人格はジミー・マッギルだった。

 

一方このappeal hearingでのジミーは、名前はジミー・マッギルだが、喋っている人格は(未完成ではあるが)ソウル・グッドマンの方だ。チャックのお堅い所や自分の未熟な所を前振りに、それでも兄から認められたかった自分をさらけ出す。この演説で聴聞会の委員だけでなく、キムまで騙しおおせて、直後のネタばらし会話でキムをドン引きさせてしまうソウル。

これはS5Ep06 Wexler v. Goodmanで、キムに黙ってメサ・ヴェルデのケヴィンを陥れる作戦を実行する事を予感させる展開だ。下の画像はその事を怒っている時のもの。

S5Ep06 私をまたカモにした

ここでの「again」に直後、ジミーは何のことかと引っかかっているのだが、S4Ep10で資格復帰のための反省の振りに涙した委員を馬鹿にしたジミーは、同時に涙ぐんでいたキムをも馬鹿にした事を知らない。

 

appeal hearingでの演説の最後でジミーは「I'll do everything in my power to be worthy of the name McGill.(マッギルの名に値するよう 最善を尽くします)」と締めくくって偽りの後悔をみせる。しかし、直後資格復帰決定の知らせを聞いた途端に屋号をSaul Goodmanに変更してしまう。

これも、最終回ではソウル・グッドマンの名前で出廷し、最後に「私の名前はマッギルだ。ジェームズ・マッギル」と締めくくった事の対比になっている。最終回感想のエントリでは思い出せなくて言及できなかったが。

また、appeal hearingではキムを(無意識にではあるが)裏切ったが、最終回では逆に期待に応えた。appeal hearingではチャックから目を背けたが、最終回では向き合った。

 

 

カラーコードやストライプの向き

Breaking BadやBetter Call Saulでは、映像中で使われる色に法則性を持たせている*6事は、ファンの間ではよく知られている。本エントリで言及したS4最後の2話でもこの原則が取り入れられている。

たとえばこうだ。

  • キムが用意していたプレゼントの「JMM」イニシャル入り鞄、箱の中で鞄を包む紙が水色・ブルー。青は法律の色。
  • ガスの養鶏場を見張るラロの双眼鏡のグラスはオレンジ色に光り、メモを取る鉛筆もオレンジ色。オレンジ色は暴力の色。
  • 奨学金の候補になった学生のうち、万引き歴のある少女だけが赤の入った服を着ている。赤い帽子をかぶった小人がたくさん散りばめられたシャツ。赤は犯罪の色。

 

また、最初の聴聞会で追加質問をした委員メグ。

他の2人の委員はネイビーや黒などの「安全」な色を身にまとっているが、メグの白いブラウスにはいろんな色の蝶が飛んでおり、赤や黄色も含まれている。黄色は「警戒」、赤は「攻撃性」を示す色で、ジミーにとって決定的な攻撃となった追加質問をする予告になっている。緑や青の蝶もいるが、これはその質問がジミーにとっての助け船になり得た事を示しているともとれる。

 

もう一つはジミーのネクタイのストライプ。全体的にグレー系のコーディネイトだが、ネクタイの極細ストライプだけが青い。灰色が表すのは「気落ち・罪・後悔」などで、青は勿論Better Call Saulでは法律の色だ。この青の細さがか細い。

 

右肩上がり・右肩下がり

そしてこのネクタイは、右下がりのストライプになっている。Better Call Saulではこの右下がりのストライプは特徴的な使われ方をしているように思える。

グラフでも「右肩上がり」といえば景気が良く、「右肩下がり」というと勢いがなくなる。そういうイメージをタイのストライプの向きで表しているのだろう。

 

これはS3Ep02で、ジミーとキムの2 in 1事務所の壁の模様や、第一話と最終話のタバコシェアシーンの光でも使われている。

S3Ep02 株の暴落に見えないか心配するジミー

S1Ep01 S6Ep13 光の向きの対比

S3Ep02で、「WM」をモチーフにした壁の模様が株の暴落に見えないか心配している。このシーンは、住所を書き換えたという自白をテープに取られていた事に腹を立てて、チャックの家に押し入る直前のシーン。その直後押し入ってテープを破壊した事を探偵とハワードに目撃されしまい、起訴前ダイバージョンを余儀なくされ、弁護士資格も1年間停止されてしまう。

 

タバコシェアのシーンは、第一話ではBreaking Badのソウル・グッドマンへの約束された破滅を表す右下がりのあかり。

最終話では、全てと向き合って贖罪を始めたという(少なくとも道義的には)明るい未来を示す右上がりのあかり。

 

 

最初の聴聞会でのジミーのネクタイに話を戻すが、この聴聞会は失敗に終わる事をほのめかす右下がりストライプだった。

 

逆に、次のエピソードでの2度目の聴聞会では、グレー系だった1回目の服装とは違い、青で纏めている。ネイビーのスーツに、ブルーシャツ、ネクタイもネイビーの右上がりストライプだ。

S4Ep10 2度目の聴聞会のジミー

椅子や壁に落ちる日光までブラインドを使って右上がりを強調している。自分には説明できないが壁の絵にも何か意味を持たせているんだと思う。

 

Breaking Bad S2Ep08 Better Call Saulでのストライプ 

Breaking Badでのソウル初出演エピソード S2Ep08 Better Call Saul(ソウルに電話しよう)では、オープニング直後のTV CM以外では、拉致の前後でストライプが逆転している。

バッジャーへの接見、ウォルターの来所、ウォルター達による拉致までが右下がり。

その後のDEAとの取引交渉の場でバッジャーに付き添っている時、事務所でウォルターとジェシーに出戻りジミーの説明をしている時、それと、オープニング直後のCMでは右上がりストライプ。

なお、本エピソード最後でウォルターの職場へ押しかけた時は斜めのチェック柄だ。

 

こうしてみると、BrBaS2Ep08と、BcS S4Ep09,10でのストライプの向きは、綺麗に対になっている事がわかる。

 

 

 

また別エントリで纏めるかもしれないが、現時点でメモってあるジミーのネクタイのストライプの向きを列挙だけしておく。右下がりのエピソードナンバーで勘の良い人なら色々思い当たるのではなかろうか。

右上がりストライプ

S1Ep01,02,03,04,09 / S4Ep05,10 / S5Ep01,02,06 / S6Ep01,06,07

右下がりストライプ

S1Ep01,06,07,08,09 / S3Ep06 / S4Ep09 / S5Ep08,09 / S6Ep09 / 各S Ep08のオープニング

 

上で、S6Ep09で初めてキムに「I love you」と言った時のジミーの画像を載せているが、ネクタイは右下がりストライプだ。

 

 

記憶をすべて保持したままアルバカーキ・サーガを再視聴したい

初見の感動を再び味わいたいがために「ある作品に関するすべての記憶を消して再視聴したい」というのはよく言われる言い回しだ。本やゲーム等でも言われる事がある。

 

初見ならではの面白さは勿論否定のしようがないし、自分も好きではある。しかし、Breaking Bad/Better Call Saul/El Caminoの3作ことアルバカーキ・サーガにおいては初見では完全な記憶力を持っていない限り、一通り観ただけでは気づけない面白さが全編に散りばめられている。本稿ではその例を挙げてみたつもりだ。

 

例えば、S4Ep09弁護士資格復帰の聴聞会にチャックの亡霊としての赤いEXITサインが映り込んでいた事に初見で気づけるだろうか。2回目の聴聞会の構成が、作品フィナーレであるS6Ep13での求刑についての審問のそれと対比されている事に気づけるだろうか。

気づける人が居たとしても少数派だろうし、そういう人は周回視聴の必要は無いんだろう。

だが逆に、凡人は周回視聴でより深い喜びを得られるのだ。

 

 

ヴェルナーと妻のマルガレーテの電話の会話のような、それが後に使われるかどうか確定していない時点で、ネタを撒いておくことは細かく頻繁に行われている。

Breaking BadではS2Ep08だけで名前が登場するイグナシオやラロもそうだった。この名前を入れたピーター・グールは、この時点でイグナシオとラロについての詳細な設定は皆無だったとインタビューで答えている*7

Q: When you wrote the original Saul Goodman episode for Breaking Bad where he mentions Ignacio and Lalo, how much, if any, thought did you give to who those guys were?
A: [Laughs] The answer I want to give is “zero.”

Better Call Saulを最後まで見てからまたBreaking Badを見ると、ソウルというキャラクターの伸びしろとなる「余白」のようなシーンがいくつもある事に気づけるだろう。本稿ではそれをいちいち指摘するような無粋な事はしない。是非再視聴の際に自分で見つけてほしい。

 

制作の進め方

制作陣のインタビューを見ていれば頻出する話題なのだが、彼らは制作する際に「目の前3インチだけ見えている」状態でドラマを作っている*8。これは普通に考えるととても恐ろしい事で、こんなやり方で上手くドラマを作れてしまうのは奇跡なんじゃないかとも思う。

 

例えば、Breaking BadではKrazy-8は1話限りの出演のはずだったが、スタッフに愛され過ぎて次のエピソードまで生きていた*9なんて話もあるし、ジェシーやハンクがSeason1の時点で退場する筋書きもあったとかいう話まである。

 

こういう話を聞いてすら、自分はあまり本当の事のようには思えず、ほんとは大体筋書き決まってたんだろ?と最初の頃は思っていた。ただ、深く知れば知る程制作陣は本当にそういう作り方でアルバカーキ・サーガを作ってるんだという確信が深まっていった。

 

その一例となるのがBetter Call Saul Season2 Ep01 Switchだ。

自分もそうだったが、多くの視聴者に制作陣までもが、ジミー・マッギルがソウル・グッドマンへと変貌するのはSeason1の終わりでなんだ、と思い込んでいた。ただ、制作陣は途中で思い直し、ジミーがソウルに変化する速度を緩めようとしたそうだ。

Season1フィナーレでは、裁判所の駐車場に入ったジミーが、ピンキーリングを気に掛ける様子で思い悩み、裁判所へ入る事無く車で出ていくシーンで終わっていた。ところが、S2プレミアでは、ピンキーリングを気にかけて思い悩んだ後、裁判所でハワードやキム、そしてD&Mの面々と話をする場面が描かれている。

 

Better Call SaulはBreaking Badよりも構成がシビアで、各エピソードのTeaser以外でFlashback/Flashforwardが使われる事は稀だ(細かいそれが無いわけではない)。なのに、S2Ep01で追加のプロット(D&Mへの参加を辞退した事)をねじ込んだ形になったのが特殊事例で、ペースを落とした証拠のように思える。実際この通りなのかは分からないが。

 

更に、こちらのインタビューでは、Better Call Saulの制作を始めた時はハワードとチャックの役割が逆だと思っていた、なんて話もしている。

www.newyorker.com

 

脚本家チームはこれまで描いてきたことと矛盾しないような選択肢を常に検討し続け、そして最良の道を選び続けてきたと思う。

これは脚本家チームだけに限らず、制作にかかわるすべてのスタッフが相互に敬意を払い、ベストを尽くし続けてきている。俳優や監督は勿論、美術や衣装・メイク、ロケーション、ケータリングや医療スタッフまでだ。

そういう姿勢が、Insider Podcast含めて、どの脚本家や監督・俳優の話にも「Team Effort」という言葉がよく使われている事に表れている。ちなみにこの言葉、Better Call Saul本編でも1度使われている。どこだったか即答できる人はかなりのフリークだろう*10

自分はエンタメ制作畑の人間ではないが、もしそうだったらPodcastやインタビューを観ると「こういう制作チームに加わりたかった」と心の底から妬んだだろう。

最終シーズンのS6、Ep04でキム役のRheaが監督デビューを果たしたのも、こういう制作チームの空気の賜物だろう。

 

何かと崇め奉られる事が多いVince Gilliganだが、彼が築き上げた制作チームの体制や空気が、その本質ではないかと自分は考えている。勿論彼の脚本家や監督、共同クリエイター(実際何をするのかはよくわからないが)といった分野での実務力も含めてだが。

 

まとめ

アルバカーキ・サーガは一周観るだけでも十二分に面白いが、二周・三周してもそのたびに(その間に忘れてしまった事も含めて)新たな発見がある。「そんなの大体の作品がそうだろう」と思うかもしれないが、アルバカーキ・サーガはその濃度が半端ではないのだ。

また、見つけにくい発見であればあるほどその喜びも大きい。

 

Breaking Bad 62話 Better Call Saul 63話 El Camino 合計で120時間を超える圧倒的な量を誇るアルバカーキ・サーガだが、長いだけではなくその濃密さも半端ではない。 

「もっと」と観る人が求めれば、求めただけ返してくれるのがアルバカーキ・サーガの3作品なのだ、と個人的には思っている。

 

記憶が薄れないうちにこの深い喜びを求めて二周目やそれ以降に突入する人が、この纏まりきらない(努力はした)散漫な文章を読んだ人の中から現れてくれると嬉しい。

 

*1:Better Call Saul Season6前半における繰り返し演出・自己言及 (LastUpdated 20220714) - toorisugari3のブログ

こちらのエントリで、BcS S6前半でのそれを纏めてはいる

*2:最初の3番アングルだけは少し薄いが、最初のアングルに引き続き、チャックの存在を匂わせる意図があるとも考えられる

*3:フィクションでよくある答え合わせの方法。S6前半でのキム達の不可解な脱線も、S6Ep07で、キム達のアパートを訪ねたハワードが答え合わせをしている。

*4:個人的にはロースクール通信制であろうがなかろうが、大学のランクも含めて、そこで卑下する必要はないと思う。

*5:‘Better Call Saul’ Writer on Finally Entering the World of ‘Breaking Bad’ – Rolling Stone

*6:ベターコールソウルとブレイキングバッドのColor Code - toorisugari3のブログ

*7:‘Better Call Saul’: Showrunner Peter Gould Breaks Down Season 4 – Rolling Stone

*8:例えば5 Burning Questions About the ‘Better Call Saul’ Season 5 Finale — Answered – Rolling Stone5 Burning Questions About the ‘Better Call Saul’ Season 5 Finale — Answered – Rolling Stone

*9:クレイジーエイトはスタッフに愛されすぎて生き延びた【ある意味エミリオも】 | トリビア | 海外ドラマ「ブレイキング・バッド」ファンサイト Breaking Bad Fan JP

*10:答えはS5Ep06